坐禅会について

現代社会に生きる私達の生活はあわただしく、なかなか心安らぐ暇がありません。時には豊かな自然に囲まれたお寺で坐って、気分をリフレッシュしてみませんか?

實相寺では下記のような内容で、ほぼ毎週日曜日の朝、坐禅会を開催しています。
どなたさまもお気軽にお越し下さい。

般若心経、消災呪、坐禅和讃をお唱えします 日時:毎週日曜日 午前7:00~9:30頃まで
参加費:1000円
参加資格:静かに坐れる方であれば、年齢性別は問いません。
服装など:坐禅は正座ではありません。リラックスできる動きやすい服装がお奨めです。また坐禅は裸足で行いますので、脱ぎやすい靴下でお越し下さい。香水や匂いの強い整髪料などは、周りの方のご迷惑になるのでご遠慮下さい。
お申し込み:初めてご参加の方は前日までにメール又はお電話でご予約下さい。 (都合で時々休会の場合もあります。開催日程は下のカレンダーでご確認下さい。)
その他:6時55分までに本堂に入堂して下さい。
(初回参加者は6時40分迄にお越し下さい) 途中参加は出来ません。

時間 行事 備考
7:00~7:10 勤行 (ごんぎょう) 般若心経、消災呪、坐禅和讃をお唱えします
7:10~7:40 坐禅 (ざぜん)
7:40~7:45 ?解 (ちゅうかい) トイレ休憩です
7:45~8:15 坐禅 (ざぜん)
8:15~8:30 粥座 (しゅくざ) 禅寺の作法でお粥をいただきます
8:30~9:00 作務 (さむ) 本堂の掃き掃除、拭き掃除です
9:00~9:30 茶礼 (されい) お菓子とお抹茶を頂きながらの座談会


粥座 (しゅくざ)  禅寺の作法でお粥をいただきます



その他、学校や自治体、企業などが主催で行われる坐禅会や研修会もご相談の上、随時承っています。遠慮無くお問い合わせ下さい。

坐禅とは

坐禅とは 足を組んで坐ることだけが坐禅なのではありません。むしろ坐禅で養った禅定力によって、日常生活全ての場面で心を込めていくのが禅の教えです。ですので当山の坐禅会では、食事も掃除も坐禅と同じ修行として行って頂きます。
達磨大師から数えて六番目の祖師、六祖慧能禅師の『六祖壇経』には「外、一切の善悪の境界に向かって、心念起こらざるを名づけて坐となし、内、自性を見て動ぜざるを名づけて禅となす」と説かれています。現代語に訳せば「外的な環境や周囲の条件に振り回されない事が坐るという事であり、自分の本質を常に見失わない事が禅という事である」という意味です。
考えてみれば私達はこの世に生まれてくる時、時代や国、両親や性別など、何一つとして自分で選ぶ事は出来ません。言ってみれば人生はそのスタートから自分の思い通りにはならないのです。私達のお爺さんやお婆さんも、けして戦争中に生まれたくはなかったことでしょう。
ところが最近は、少し自分の思い通りにならない事があると「なぜ自分だけがこのような目に逢うのだ」と悲観し、「親が悪い、社会が悪い」と周囲のせいにしたり、「もう生きていても仕方がない」と絶望したりする人が多いように感じます。
しかし人生には限りがあり、人は皆、いつかは死ぬ存在です。先を急ぐ必要はありません。いや、考えてみれば人間に限らず、生きているものは皆必ず死ぬ、それが生命の本質です。となると私達は様々な苦労をしたあげく、最後は死ななきゃならない訳で、言ってみれば死ぬ為に生まれて来るようなものなんですが、いや、そんな筈はないですよね?
では私は一体何の為に生まれて来たのでしょうか?
「己事究明」(こじきゅうめい)といいますが、この問いこそが禅仏教のテーマです。この答えは、他人に教えて貰えるものでなく、人に教えられるものでもありません。答えは、私達それぞれの人生の中にあります。常に自分の役割をわきまえて、与えられた使命を果たしていく事こそが、その答えを見つける秘訣であり、坐禅を実践していく事なんだと、慧能禅師は仰っているのです。

坐禅

坐禅の仕方

1.姿勢を調える

お尻の高さを適度に調節 お尻の高さを適度に調節
まずは座布団を重ねてお尻の高さを適度に調節し、座布団に腰掛ける様にあぐらを組んですわります。

「結跏趺坐」(けっかふざ)"" 「結跏趺坐」(けっかふざ)
次ぎに右の足を左の太ももの上に載せ、さらに左の足を右の太ももの上に載せます。
これを「結跏趺坐」(けっかふざ)といいます。

「半跏趺坐」(はんかふざ) 「半跏趺坐」(はんかふざ)
「結跏趺坐」が組めない場合は、右の足を左の太ももの上に載せただけの「半跏趺坐」(はんかふざ)でも結構です。また結跏趺坐も半跏趺坐も、左右どちらの足が上になっても結構です。坐りやすい方を選んで下さい。

「揺振」(ようしん) 「揺振」(ようしん)
手は印を組む場合もありますが、当山では左手の親指を右手で握るように自然に両手を組んで、手の甲を上におへその辺りに下ろす方法をお奨めします。
手足を組んだら一度身体を前後左右に揺すって、自分の身体が傾いていないかを確かめます。「揺振」(ようしん)

「半眼」(はんがん) 「半眼」(はんがん)
身体の中心が決まったら背筋を伸ばしてアゴを引き、頭は真っ直ぐなまま、視線だけを1メートルほど先に落とします。これを「半眼」(はんがん)といいます。坐禅の時、目を瞑ると眠くなります。また大きな目でキョロキョロしていると、周りが気になって集中できません。半眼は自分の心の中と周囲の状況の両方を見ていくまなざしで、仏像のまなざしでもあります。
舌は上アゴを支える様につけ、両唇と上下の歯を軽く合わせます。

2.呼吸を調える

呼吸を調える 坐禅で最も大切なのは呼吸です。腹式呼吸でゆっくりと呼吸する事が肝心ですが、慣れない方はまず姿勢が調ったら一度大きく息を吐ききります。この時お腹が凹む様に息を吐くと、次ぎに息を吸う時に自然にお腹が膨らんできます。これが横隔膜を上げ下げして行う腹式呼吸です。
無理に深呼吸する必要はありません。息を吸う時はゆっくりと横隔膜を下げて、鼻から大気がおへそのあたりに流れ込んでくる事をイメージしましょう。そして息を吐く時は少しお腹に力を入れて、おへその辺りに意識を残したまま、さらにゆっくりと吐いていきます。大体、吸う時間の二倍の程度の時間をかけて、静かに息を吐いていきます。

3.心を調える

心を調える 深い腹式呼吸を繰り返していると、自然と心が落ち着いてきますが、次第に慣れてくると様々な雑念も沸き起こってきます。よく「無心」(むしん)などといいますが、なかなか無心になる事は出来ません。 当山の坐禅会では特に無心にこだわりません。坐禅して一週間の出来事をふり返ってみる、自然の中で坐りながら自分自身を反省してみる、というだけでも大変有意義だと思いますが、伝統的には「数息観」(すそくかん)という瞑想法もあるのでご紹介します。
数息観は、息を吐く時に「ひとー」、吸う時に「つー」、「ふたー」「つー」、「みー」「つー」と心の中で息を数えながら坐る方法です。「十」までいくとまた「一」に戻るという単純なものですが、途中で鳥が鳴いたり、犬が吠えて気が散ってしまったら、また「一」から数え直すという決まりがあるので、なかなか「十」までたどり着けません。「十」まで数えようと一心に呼吸に集中することで心を調えるのが数息観です。