妙心寺法堂でご詠歌とオーケストラが共演

平成28年10月26〜28日の三日間、京都妙心寺では第66回花園流無相教会全国奉詠大会が開催されていますが、その企画の一つとして、今回初めてご詠歌とオーケストラの共演が、狩野探幽の天井画で有名な重要文化財の法堂で、26日、27日の2日間開催されました。
その模様が関西ローカルのNHKニュースで放送されましたのでリンクしておきます。数日で消えると思いますので閲覧される方はお早めに。不肖も少し映っています。
NHKニュース 詠歌とクラッシック音楽の融合

第4回中日臨済禅シンポジウムでの発表について

さる2016年9月5日、中国河北省石家荘で第四回中日臨済禅シンポジウムが、中国仏教文化研究所・妙心寺霊雲院国際禅交流協会の主催の元、河北省仏教協会、臨済寺・柏林寺の協力を得て開催されました。

當山住職も霊雲院住職 則竹秀南老大師のお誘いを受けて参加し、「世界平和についてー臨済禅の立場より−」と題した拙論を発表してきましたが、翌日には中国仏教協会のWebサイトでその中で触れた妙心寺派の戦争責任に関する内容が紹介されていたこともあり、いささか拙論ながらその発表内容について関心がある方もいらっしゃる様でありますので、ここにその全文を掲載致します。

世界平和についてー臨済禅の立場よりー

妙心寺派教学部長 山本文匡

目次

はじめに

第一章                                妙心寺派の戦争責任について
_非戦と平和の宣言文
_戦時下の言説とその問題点

第二章                                臨済禅から見た平和
_無事
_菩薩道

結論

 

参考文献

 

 

 

 

 

 

 

はじめに

今年日本では、臨済宗の宗祖である臨済義玄禅師の1150年遠諱と日本臨済宗中興の祖である白隠慧鶴禅師250年遠諱を記念して、「臨黄合議所」を主体とした数々の記念行事が執り行われている。そのお蔭で今回久しぶりに臨済塔に拝塔する得がたき機会を得ることが出来た。これも偏に妙心寺塔頭靈雲院ご住職、則竹秀南老大師の御高配によるものであると共に、中国臨済寺の皆様の温かいご芳情に深く感謝申し上げる。

なお訪中に際しては、曇華室老大師より「臨済禅の立場で平和について考えるように」との厳命を頂いたので、本論は管見ながら以下に私見を披瀝するものである。

世界情勢は2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロ以降、新たな局面に入ったといえる。

アメリカは報復として「アルカイダ」のオサマ・ビン・ラディンを「タリバン」が匿っているとしてアフガニスタンを攻撃し、さらにイラク戦争へと歩を進めていった。悪の枢軸としてイラン・北朝鮮と共に名指しされたイラクのサダム・フセインは逮捕処刑され、後にオサマ・ビン・ラディンも暗殺されたが、果たしてそれで世界に平和が訪れたのであろうか?

否、アフガニスタンもイラクも戦後の統治は上手く行かず、各地でのテロ事件が今も続いている。それはいわゆる「アラブの春」としてエジプトやリビア・シリアにも飛び火した。アラブ社会全体の混乱の中から、「IS」のような新たなテロ組織も誕生している。そうした勢力が欧米でテロ事件を引き起こし、世界の混迷は益々その度合いを深めている。

20世紀までの戦争は、主に国家間での利害関係を原因としたが、21世紀の争いは最早国家間とは限らない。インターネットを介して国家や民族を乗り越え、価値観の対立によって引き起こされているのだ。そうした中、昨今よく耳にする言葉が「イスラム原理主義」である。

一般的に「十字軍」とか「ジハード」という言葉で、自由主義や資本主義を標榜する、いわゆる西側諸国とアラブ世界との対立を、キリスト教徒とイスラム教徒の宗教戦争という図式に単純化してしまいがちだが、実際にはそうではあるまい。イスラム教も平和を説く世界宗教であり、殆どのイスラム教徒は皆平和を愛する普通の人間であろう。

また中東における根本的な争いの原因はパレスチナ問題など、貧困や人道的な問題に起因していると考えられるが、ともすると欧米ではイスラム教徒全般に対する偏見や差別が表面化しつつある。特にヨーロッパでは中東やアフリカから押し寄せる難民問題ともあいまって、排他的なナショナリズムやレイシズムが高まり、極右政党が躍進している。2016年現在、こうした傾向はヨーロッパだけでなくアメリカやアジアでも見られ、過激な発言で大衆の人気を博す政治家が次々と登場している。(この原稿を書いている最中もイギリスの国民投票では保護主義的なEU離脱が選択され、バングラデシュでは日本人をはじめ外国人をターゲットとしたイスラム過激派を名乗るものによるテロが勃発。)

こうした宗教が戦争の原因、或いは戦争を助長し補完する要素ではないかという社会的疑念が高まる中、我が宗門が先の大戦で行った過ちを繰り返さないためにも、臨済宗の立場から世界平和について考察してみたい。

第一章 妙心寺派の戦争責任について
_非戦と平和の宣言文

臨済宗妙心寺派は、2001年9月に行われた第100次定期宗議会に於いて、次のような議会宣言文を発表した。

先の米国同時多発テロにより行方不明者を含み五千余名の死傷者を出すという未曾有の惨事を目のあたりにして、テロ行為者に対する強い怒りと犠牲者に対して深い悲しみを表明するものであります。

衲等、ここに犠牲となられた方々のご冥福と身心に深い傷を負われた方々の快復の一日も早からんことを願うのみであります。

いかなる事由があろうとも人間の生命の尊厳を無慈悲に踏みにじる行為は許さるべくもなく、被害者(国)の怒りと悲しみは察して余りあるものがあります。しかしながら正義の名のもとに報復することは、自らをおとしめる結果になりかねません。テロというこの人類の卑劣な犯罪と悲劇を終焉させるためには、二十一世紀を共に生きる人間としての道義と釈尊の悟られた叡智を以って、根本的な解決を図らねば、憎悪や恐怖の連鎖を断ち切ることは望むべくもありません。米国は今日のテロをニューウォー(新しいかたちの戦争)と表現し、また、報復の目標とされている国は、これをジハード(聖戦)と称し、受けて立つことを表明しています。この様な状況の中で宗門人として、対話と相互理解を深めることを内外にアピールし、生命の大切さを守り抜く決意をすべきであります。

かえりみますと、かつて我が国も聖戦の名のもとに戦争を遂行し、彼我各国に多大の苦痛と損害を与え、たとえ国策とはいえ結果として、戦時の高揚した国民感情の中で、我が宗門が砥柱のごとく反戦を貫くことが出来得ず協力して来たことに対し誠に遺憾に思うものであります。まずこの過去の過ちに対する懺悔と反省の上に立って、諸民族の多様な生活や価値感、信条、宗教を尊重しつつ、日々の教化活動において我が禅門の宗旨を宣揚し、世界の平和のために一層努力しなければなりません。

~中略~

いずれにしても悲惨な人生を送り、不条理な死を余儀なくされる人が、この地球上に一人たりとも存在することのないよう釈尊の御心を体して、宗門人一人一人がこれを主体的に受けとめて実践することができるようここに決意し、宣言する。[1]

この宣言文が出された経緯について、当時の宗務総長細川景一は次のように述べている。

今度、第百次宗議会に於いて別記の如く宣言が採択されました。この件についてそこに到った経緯を説明させて頂きます。

最近、オーストラリア・アデレート大学准教授、ブライアンビクトリア氏著『禅と戦争』が、米、英、仏、伊国等で出版されました。これは太平洋戦争中の日本禅宗教団の指導的立場にあった禅僧の戦争責任を実名を挙げて、厳しく糾弾するもので、ショッキングな話題になりました。

続いて、日本語訳もこの六月に発刊され、期を一にする如く七月に本派龍沢寺住職水田全一師が必勝祈願の祈祷や講演会を開いたこと、あるいは従軍僧を派遣して戦意高揚に積極的に協力したこと。職域報国会としての臨済宗報国会を組織し、錬成会や献金献納運動などの物心両面にわたる戦争遂行体制の先頭にたって「教化報国」したこと等の『正法輪』の記事を引用して、臨済宗の戦争協力を公にした『戦闘機献納への道』を出版されました。

そんな折り、戦時、日本軍の強制収容による後遺症の夫を介護しつつ、禅門(三宝教団)に帰依して参禅弁道している女性が、『禅と戦争』によって尊敬する教団の老師方が、戦時、戦争に協力すべく積極的発言をされたことにショックを受けたとして、管長様宛に書簡が届きました。それはこの事実に対して、深い悲しみを述べると同時に、戦争責任を懺悔した日本の伝統仏教はわずか四教団にすぎず、臨済各派はいずれも沈黙を守ったままである、と指摘。「過去の過ちを直視することなく、傷つけられた人々の苦しみを認識する事なしに、恒久的な平和は達成できない」として、「臨済宗からの公式な表明の可能性」を検討するよう求める内容でした。小職としては拙速をさけて誰もが事実を知って理解し納得できるかたちにもって行く事が最良と思っていました。

九月十一日、アメリカで、同時多発テロが発生しました。直ちに報復戦争が準備され、十月八日には報復攻撃が始まりました。又、大勢の人々の命がなくなります。

私達宗門人は黙って手をこまねいていていいのだろうか!ここで声を大にして、武力によらない解決をと!報復攻撃の自粛を求め続け、同時に、テロリズムの根絶と脅威と憎悪の悪循環を裁断しなければなりません。それが単なる理想であっても理想の灯を掲げつづけることこそ宗教者としての努めではないでしょうか。

今こそ、真剣に何が出来るか模索しなければならない時です。何が出来るかを考えた時、かつて日本が侵略戦争によって台湾、朝鮮、中国等、アジアの近隣諸国を植民地支配し、計り知れない惨害を与えた事に協力した教団の責任問題は避けて通る事が出来ません。

宗教が共同体や国家の紐帯としての役割の大きかった当時の国情の中で、仕方ないことであると云えば云えます。又、それが無かったら今の教団は存在しえなかったかも知れません。その事が当時としては避けられない選択肢であったのかも知れません。しかし、協力した事は事実です。現在から見て正論であることを当時貫くことによって、教団や寺院を消滅させることが檀信徒に対して宗教家として正しいのかどうか、これは現代に通ずる難しい問題ですが、反省し自己批判することは自らを高めるものであっても、決して貶めるものではありません。

過去を懺悔したからといって、先師の徳を損ずるものではなく、人格を否定するものでもありません。しかし、現在に通じる宗門の構造的なものへの反省と僧侶個々人の意識の変革がなければ未来はありません。ハンセン病問題なども含め、基本的に未来を志向した宗門の過去の懺悔が今必要です。

今回妙心寺派へ属する専門道場の老師方より「臨済禅が目指す自性清淨心の自覚は、必然的に人権の平等、生命の尊厳尊重につながる事は論を待たず一日も早い教団としての懺悔表明を」との要望もありこの様な宣言に到りました。

思えば宣言は第一歩にすぎません。宗門人全てがこの問題を共有し、一人一人何が出来るかを考え、実践して頂くべく宗務行政を進めていくつもりです。

宗門の中にも戦争中の自らの発言行動を悔やみ、それを懺悔反省し、遺骨収拾、慰霊行、戦災孤児の救済などを実践された方々が大勢おられると聞いています。

今回の宣言は、宗門人にとって遅きに失した感はありますが未来へ向っての第一歩と心得ます。宗務総長 細川景一[2]

長い引用となったが、これらのことから妙心寺派は9・11同時多発テロを契機として、太平洋戦争における教団の戦争責任を認めて懺悔したことが判る。その責任の詳細な内容については『禅と戦争』や『戦闘機「臨済号」献納への道』を参照頂きたいが、両書で問題が指摘される様々な言説には、ある共通する理論が存在するように思われる。

_戦時下の言説とその問題点

例えば『戦闘機献納への道』は、妙心寺派の機関誌『正法輪』中での言説について、次のように要約して問題点を指摘している。

仏教各宗の教義を「天照大神を中心とする神祇崇敬及び帰一没我の精神、一視同仁、衆と共に和する心にあい応ずるものあるをみる」「平等即差別の仏教本来の取意を明かにして、一切平等を説くに至ったのは、やはり我が国の氏族的、家族的な精神、没我的、全体的精神によって摂取醇化せられたもの」「この精神は次第に神仏儒三教一致などの説となり」[3]

学者の説も同様である。「明治になって神仏は分離されたが、離れたのは神様のほうだけで」「仏教側にいわせれば、今日尚神仏は分離していない。神仏を二つに見ることそれ自体が仏教精神に反するのである」

「仏教の見方は常に二而不二である。だから我が国は神国であると共に仏教国である」[4]

禅宗は「宇宙の大道、即ち真理に融合せんために、十年二十年坐禅の修行により、正念を相続して」「宇宙の唯一仏の境地に達せんと行業純一に修行して法身佛を体得す」るが「これ天皇道の顕現にほかならず」という。「身心脱落に到るのが、見性であり、大悟である。是天皇に帰一するゆえんである」「本来無一物、無所得、只管に天皇に帰一し、帰命すること、これ国民大悟の境涯なり」[5]

また『禅と戦争』では、妙心寺派以外の禅僧やその周辺の人々も含めて、問題のある言説を指摘している。

「武の真意義は『才を止むる』に在るのであります。如何なる戦も戦は必ず平和を予想して戦ふのであります。人を斬る術は必ず斬らなくてすむ場合を理想として学ぶのであります。刀を抜かずして能く人を服し、戦はずして能く勝つと言ふ事が、武道の真精神であります。是を禅門の言葉で活人剣と申します。殺人剣ある者は必ず一面この活人剣がなければならんのであります。

文珠の利剣を以て一切の無明煩悩を截断して了った禅の境地から言へば、天下に敵なしであります。敵に勝つ事を学ぶよりも天下に敵なき事を学ぶものが武道の上々であります。茲に至って剣と禅とは全く一味であり、武士道と禅道とに渾然一致するものであり、共に共に崇高なる社会の指導精神となるのであります。

今や聖戦第六年時局重大の時に当たりまして、諸君はよく御勅諭の旨を奉戴し、忠勇にして節操あり、質実にして剛健に、精神的にも肉体的にも益々修行をつまれて、帝国軍人として恥ずかしからぬやう、古武士の如く雄渾なる精神を体得し、真に東亜の建設、世界の平和のために御奉公あらん事を冀って止まん次第であります。」[6]

「武士道の世界観とは、禅のそれとよく一致する。禅の修行を通し、つぎのようなことがうまれてきた。」「禅は一旦、路線が決まった以上、振り返ることなし、と教える宗教である。」哲学的な支えといえば禅とは、死ぬも生きるも相一つということなのである。[7]

「禅の修行は簡素であり、直接的で自立心があり、自己否定的なものである。禁欲主義的な傾向は、戦う意思と、闘志とがよく一致する。戦さ人はいつも一つのことだけを考え、前後を見ず一つの目的に集中する。彼にとって、必要なものは真っ直ぐに敵をつぶすことのみ」[8]

「大義に透徹せんと要せば、須く先ず深く禅境に入って我執を去れ」「道元禅師曰く、『仏法とは自己を習ふなり、自己を習ふとは自己を忘るるなり』と。自己を忘るるとは身心を放下し、放下も亦放下着、放下し尽して、無も亦無き大虚の廓然洞豁なるが如く、真に不疑の大道に達せるの謂ひなり、斯くして宇宙の大法則、至正至純の大精神は髣髴として箇身に顕然たり。是れ君臣一如の当体、天皇信仰の根基なり」[9]

「日本人には犠牲と云ふことはない。犠牲とは君国のために身を亡ぼして尽くしたと云うことであるが、日本人はもともと陛下と一体である。絶対の処に犠牲はない。日本では陛下と国民の間柄は相対でなく絶対である」[10]

「日本の国体と仏教はよく一致している。仏教でも殊に禅宗では身心一如と云ふことをやかましく云ふ。身心一如になるためには捨身懸命の修行を要する。而して心身一如の極致は無我である。日本は君臣一体の国である。大御心と一つに溶け合ふた時に臣民としての本来の面目が輝くのである。君臣一如の極致は無我であり滅私である。此の無我と滅私は決して別々の境地ではない。全く一致していることに気がつくのである」 [11]

本論は特定の人物批判を主張するものでは無いので発言者名は記載しないが、いずれも名だたる禅僧や学者、居士等の発言である。

当時の社会状況を思い起こしつつ、これらの言説を読み返してみると、本当に恐ろしい思いがする。徴兵からは免れない状況だったとは言え、このような言説に背中を押されて心を奮い立たせ、戦場に出かけていった若者達が居たとすると、小衲自身も免れ得ない日本禅宗の大きな責任を痛感せざるを得ない。こうした過ちを二度と繰り返さないためにも、元細川宗務総長が「宗議会非戦と平和の宣言文に関する談話」の中でも述べているように、「現在に通じる宗門の構造的なものへの反省と僧侶個々人の意識の変革がなければ」ならないと思われるが、その反省すべき構造の一つとして、禅思想そのものも例外無く点検する必要があると考える。

前掲した言説群には、ある共通する思想的背景がある。そのキーワードとなるのが「不二」や「一如」、或いは「無心」、「無我」といった概念だ。これらの言葉は簡単に多様性や個性を奪い、また思考停止、判断停止の状態に導く傾向がある。

そもそも禅は相対的二元を離れ、絶対的なる真実の自己を自覚することを宗旨とする。その為、知的理解による分別知ではなく、体験的な智慧(「般若」)の開発を求めるから、その修行の過程では理性的価値判断を一旦離れて、目前の事象を全て受け入れることも必要であろう。しかし、何もかもその是非を問わず、常に全てを「煩悩即菩提」、「生死一如」と無謬に受け入れていくとしたら、その態度は「大疑之下必有大悟」[12]を標榜する臨済禅の立場から見ても、けして禅的とは言えない。

また成道した釈尊が、鹿野園で最初に説いた教えは「四諦八正道」である。やはり禅家といえども、「正」の一字が重要であることは言うまでも無い。

しかし先述のように「不二」や「一如」という概念は、簡単に「善惡」や「正邪」といった相反する二つの価値の差を均一にしてしまう上、恰もそうすることが禅的であるような錯覚さえ呼び起こす。さらにそれを補完するのが「無心」、「無我」という概念であろう。よく日本の禅道場では「馬鹿になれ」といわれる。「自我意識を捨てて、指導者から言われたことは何も考えずに忠実に実行することが大切である。何事も無心に行じることで始めて理解出来る境地があるのだ」、という文脈で使われることが多いのだが、こうした修道上の態度や二元を嫌う思想構造が、戦時下における様々な言説と連絡していったことは想像に難くない。

重要な事は、禅思想には全体主義に導く思想的構造があることを自覚する事であろう。勿論「無心」になることが悪いことなのではないし、「不二」や「一如」の世界観を全て否定するつもりもない。要はその時その場に応じて、相応しい対応が求められるということだ。では仏教徒の行動として何が正しく、何が間違いなのか、一見、この価値判断は難しいようにも思われるが、実はその価値判断を各人が行わなくても済むように釈尊が定めたものが『律蔵』である。しかし、残念ながら日本仏教にはその伝来時より『律蔵』は採用されなかった。[13]そのため、今こうした混乱が生じているのかも知れない。

さて繰り返しになるが、戦時下における教団関係者による言説の問題点は、「不二」や「一如」といった禅的概念によって戦争の是非を曖昧にし、「無心」や「無我」という仏教教義を利用して個人を全体主義に収斂させたことにある。しかしその様な所には臨済が提唱した、活溌溌地な各人の主体性は存在しない。大切な事はこうした思想的構造や修道上の態度は、今もまだ存在していることを自覚し、修行上の問題と現実社会の政治的問題を混同しないように十分注意することであろう。

第二章 臨済禅から見た平和

_無事

臨済禅師が遷化されて今年で1150年目を迎え、日本では臨済宗黄檗宗合同で数々の記念行事が開催されている。そのお蔭で小衲も約25年振りに臨済塔に拝塔することが出来たのだが、宗祖の深恩に報いる為にも『臨済録』から「平和」に対する臨済禅の立場を考察してみたい。

さて「平和」という言葉や概念は現代的であり、『大正新修大蔵経』中には殆ど見られない。僅かに「泰平」、「和楽」という言葉が散見出来るのみである。これは、仏教が国家や社会のあり様よりも、専ら個人の心のあり様を救済の対象としてきたことに由来すると考えられる。ただ類義語としては「安寧」が禅籍に比較的多く見られるが、これは中国仏教が皇帝の庇護を受けたことと無関係ではあるまい。ただ『臨済録』の中には前掲の言葉はどれも見られない。そこで本論では「平和」を国家や国土の状況ではなく、個人の心の問題としてとらえてみる。

臨済の思想を代表する言葉は「一無位の真人」や「心法無形」、「平常心」[14]など枚挙に暇無いが、それらと同等に重要な言葉として「無事」がある。特に「無事是貴人」という言葉が有名だが、『臨済録』には「無事」が19ヶ所も繰り返し説かれていて、これは「無位真人」の4ヶ所、「平常」の6ヶ所と比べても頗る多い。この「無事なる心」こそが、臨済禅における「平和な心」では無いだろうか。

では「無事」とは一体どういうことだろうか。『臨済録』には次のようにある。

「求心歇む處、即ち無事。」[15]

「無事是貴人。但だ造作すること莫れ。_だ是れ平常なり。爾、外に向かって傍家に求過して脚手を覓めんと擬す。錯り了れり。」[16]

「師、衆に示して云く。道流、佛法は功を用いる處無し。_だ是れ平常無事なり。_屎送尿、著衣喫飯。困じ來れば即ち臥す。愚人は我を笑うも、智は乃ち焉を知る。古人云く。外に向かって工夫を作す。總に是れ癡頑の漢と。爾、且く隨處に主と作れば、立處皆眞なり。境來たれども囘換することを得ず。縱い從來の習氣、五無間の業有るも、自ら解脱の大海と爲る。[17]

「道流。大丈夫兒は今日方に知る。本來無事なることを。_だ爾が信不及なるが爲に、念念馳求して、頭を捨てて頭を覓め、自ら歇むこと能わず。」[18]

「爾、若し求むること有れば皆な苦なり。如かず、無事ならんには。」[19]

紙幅の都合上、全てを紹介することは出来ないが、要は外に求めないことが無事であると臨済は説く。この外境の条件などに幸福の条件を求めない心こそが、臨済の考える平穏無事なる心。平和な心に他ならない。

現代社会は科学技術によって人間が住みやすい環境に、外界を作り変えることで幸福を追求してきた。しかし、そうした飽くなき欲望が争いの根源となってきたのではないだろうか。豊かな生活を求める心、それこそが世界の平和を乱す根源では無いだろうか。今こそ、現状に感謝し、足るを知る心を養うことこそが、世界平和には欠かせない。

_菩薩道

菩薩とは、自らの幸福だけでなく、社会の人々と共に幸福になろうとする大乗仏教徒のことであるが、今、平和の実現に必要なのは、この菩提心を起こして菩薩道を生きる事では無いだろうか。

明治時代、日本から当時国交の無かったチベットに、遙か単身で経典を求めて渡った川口慧海師は、その二度に渡る苦難の旅の成果として、多くの経典や仏像を持ち帰った。その中の一つにシャーンティデーヴァの論書、『入菩薩行論』がある。漢訳では『菩提行経』としてその一部が伝わっているが、その中に大変有名な次のような一説がある。

「大地を皮で覆いつくそうにも、それだけの皮がどこにあるというのか。だが、私の靴の底に皮を貼れば、大地をすっかり皮で覆ったのとも同じだ。」

「すなわち、外界のできごとは私の手では抑えられない。だが、自分の心を抑えてしまえば、他に抑えるべきものはなくなる。」[20]

『菩提行経』では次のように説かれる。

「大地量無邊 何皮而能蓋 履用皮少分 隨行處處覆 外我性亦然 所有誰能勸 但勸於自心 外我而自伏」[21]

この教えは、世界平和を求めることは大切であるが、残念ながら争いは絶えず、今も地球のどこかで戦争が起こっている。しかし、一人一人の心が平和であるならば、それは世界全体が平和になったのと同じでは無いだろうか、という示唆を私達に与えてくれる。

私達禅僧が目指すべき平和は、やはり心の平和であり、平穏無事である。「エンゲージドブディズム」が叫ばれる今日、社会に対する働きかけも大切ではあるが、やはり社会活動の源となるのは、自分自身の心を調えることであり、一人一人の禅体験に他ならない。

世界平和は、世界の人々の心が平穏でなければけして実現することは出来ない。弱者が犠牲となり、貧しい者がいつも不満を抱いている様な社会では、力で制しなければ平和は保たれないだろう。

またどれだけ恵まれていても欲望は尽きることが無い。「もっともっと」と貪る心を増長していては満足することが出来ず、やはり争いは無くならないだろう。

生活環境を自分の都合の良い様に変えるのではなく、自分自身の心を調えることで心に平和を得ること。それこそが禅僧が世界平和のために世界に訴えていくべき事柄では無いだろうか。それが大乗仏教における菩薩道の実践であると考える。

結論

1962年、臨済宗妙心寺派は布教活動の一環として「生活信条」を発表した。[22]その第二番目に「人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう」とある。

先の大戦における妙心寺派の戦争責任を思う時、やはりこの生活信条を私達が実践していくこと以外にその償いはないと考える。

全ての人が本来持っている尊厳なる自己の命、仏心仏性に目覚めていくこと、それが臨済禅本来の目的なのだ。

そのことを忘れない為にも、まず生活信条第一に「一日一度は静かに坐って、身と呼吸と心を調え」とあるように、静かに自分の心を見つめる習慣を持たなければならない。その結果、人は自らをとりまく様々な「おかげさま」、自分の命を支えてくれている様々な有形無形の存在に気づくことができる。言い換えれば、自分の命といえども、それはけして自分一人の命では無いことを知るのである。それが人間の尊さである。

さらに様々な恩恵に気づいたならば、やはり恩に報いるという思いにも至るだろう。その結果「生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう」という利他の働きが出てくるのである。

けして社会の調和や世界平和は、けして誰かの献身的自己犠牲で実現する訳では無い。

全ての人が、豊かな心を育むことが不可欠なのだ。その為に、先ずは一人一人が静かに坐り、自らの心を見つめていくことを推奨する。それが臨済禅の平和運動では無いだろうか。

参考文献

小原克博・中田孝・手島勲矢共著 『原理主義から世界の動きが見える』PHP新書、1996年

ブライアン・ヴィクトリア著、エイミー・ツジモト訳 新装版『禅と戦争』えにし書房、2015年

水田全一著 『戦闘機献納への道』かもがわ出版、2001年

佐々木閑著 『出家とはなにか』 大蔵出版、1999年

中村文峰著 『現代語訳臨済録』 大蔵出版、1990年

シャーンティデーヴァ著・寺西のぶ子訳 『菩薩を生きる』 バベルプレス、2011年

『願心』 妙心寺派宗務本所、2004年

 

 

[1] 2001年9月27日臨済宗妙心寺派第100次定期宗議会 『宗議会非戦と平和の宣言文』

[2] 臨済宗妙心寺派「宗議会非戦と平和の宣言文」に関する総長談話

[3] 『戦闘機献納への道』p70

[4] 『戦闘機献納への道』p72

[5] 『戦闘機献納への道』p74

[6] 『禅と戦争』p182

[7] 『禅と戦争』p173

[8] 『禅と戦争』p174

[9] 『禅と戦争』p189~190

[10] 『禅と戦争』p192

[11] 『禅と戦争』p192

[12] 『大慧普覺禅師普説巻第十七』大慧宗杲

[13] 『出家とは何か』p35~37

[14] 「平常心是道」は『馬祖語録』に収録、また『無門関』では南泉の言葉とされる。

[15] 『鎮州臨済慧照禅師語録』T1985_.47.0502c19

[16] 『鎮州臨済慧照禅師語録』T1985_.47.0497c27

[17] 『鎮州臨済慧照禅師語録』T1985_.47.0498a16

[18] 『鎮州臨済慧照禅師語録』T1985_.47.0498b13

[19] 『鎮州臨済慧照禅師語録』T1985_.47.0499c23

[20] 『菩薩を生きる』入菩薩行論、第五章、一三、一四

[21] 『菩提行経』T1662_.32.0545a29

[22] 『頑心ー花園会活動ー』p8

ムビラ演奏会

20日午後7時より本堂でムビラの演奏会を開催しました。
演奏者のスミ・マズィタテグルさんは愛媛県松山市のご出身で、世界中を旅する途中アフリカ・ジンバブエにてショナ族の伝統楽器「ムビラ」と出会い、その魅力に魅せられたそうな。全国を演奏して、様々なアフリカンイベントにも参加されているそうです。
ムビラは別名指ピアノとも呼ばれ、「カリンバ」という名称の楽器の仲間です。鉄棒を延ばして板状にしたものを指で弾いて音を出します。原始的ではありますが、野趣溢れる独特の音を奏でます。
アフリカでは、先祖の精霊と交感する際にムビラを用いるのだそうで、スピリチュアルな楽器でもあります。今回、ご縁があって實相寺本堂で演奏会を開催する機会を得ました。折角ですので演奏の前に参加者全員で10分程坐禅しました。少し、皆さんにスピリチュアルな雰囲気を楽しんで頂けたのではないかと思っています。
皆さん有り難うございました。

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春季総供養と第35回實相寺花園会総会

4月17日午前10時より施餓鬼会、引き続き本山布教師 竹中智泰師による法話、その後昼食を挟んで花園会総会が開催されました。
雨が心配されましたが、おかげさまで好天に恵まれ、暖かい1日でした。
しかし熊本地震の被災地を思うと、麗らかな春の日も、なんとも言えない気持ちにもなりましたが、受付に義援金箱を設置したところ、皆さん快く協力してくださりましたので、本日ご本山におかげさま献金として納めて参ります。

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臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱

昨日は東福寺で臨済宗の開祖であり、中国唐時代の禅僧であった臨濟義玄禅師の1150年遠諱と、正当年は平成29年ですが日本臨済宗中興の祖といわれる白隠禅師の250年遠諱の法要が営まれ、住職も参拝して参りました。
日本各地から臨黄各派の本山管長や僧堂師家、その外尊宿寺院が出頭され、実に荘厳でありました。
又導師をお勤めになった南禅寺派管長 中村文峰老大師は、住職の僧堂時代の師匠でもありますので、その場に同席させて頂いたご縁に感慨深いものがあります。本当に御蔭様だと感謝申し上げます。

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